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輸入化粧品の落とし穴 - 全成分表のトリック [10月13日]
- 現在、私、吉田武史は吉田法務事務所でコンサルティング業務を行っている。コンサルティング業務とは実際にクライアントから相談を受け、その相談に対し、法的解釈を付した上で、クライアントが望む回答をする一連の行為を指す。法律家が多くのコンサルティングをする中で、特に「薬事法務(※注)」に関する相談はこの手のジャンルでは一筋縄では行かない。一つの相談事案に対し、さまざまな視点からの見地が必要になり、法解釈で解決できない場合は、理化学分析、ついには、国内外の前例調査、聞き込みにまで及ぶこともある。
大げさな言い方をすれば、一つの相談業務がいわば、犯人当ての「事件」の様相を呈し、得られた情報から大胆な推理をしなければならないケースも多々ある。どれだけ「事件」の場数を踏んだかという経験値が、「総合的な判断」(この総合的判断という言葉が薬事法務では非常に重要なのだが)をする一助になり、来たる事件を解決する鍵になることは言うまでもない。
このストーリーは事実に忠実に、かつ、個人情報保護、秘密保持に配慮した「事件簿」である。
※注)薬事法務というそのものの言葉の定義は法律上存在しない。筆者が、長年、薬事法に関するコンサルティング業務を行っている中で、薬事法に相互に関連する法務、例えば、健康食品や健康器具、美容、医療等を総合して定義付けした言葉を指す。
ある日の早朝、クライアントAからの電話が鳴った。早朝の電話は、大概、「良い知らせ」か「悪い知らせ」だが、案の丈、後者であった。
「おはようございます。急ぎの案件で恐縮ですが、弊社製品に配合してはならない成分"ホルムアルデヒド"が混入してしまいました。」
Aは焦った口調で早口で答えた。
私は状況を確認するために、詳細に出来るだけ、概要が把握できる内容を話してもらうように促した。
少し間があり、Aは一息ついて、今回の事件の概要を話してくれた。
要点はこうだ。
(1) この会社では化粧品輸入を開始し、店販、インターネットなどで販売中
(2) 消費者から「使用すると肌荒れが起きた」とクレームが来た
(3) 調べたら、通常混入するはずのないホルムアルデヒド*1 が検出された
(4) 当該商品はすでに販売を中止した
*1ホルムアルデヒド
無色で強い刺激臭があり、水にもアルコールにもよく溶ける。樹脂の原料、防腐剤、殺菌剤などに使用。ホルムアルデヒドは肌に強い刺激を与えるため、日本では化粧品への使用が禁止されている。
「ホルムアルデヒドですか。分かりました。すぐに類似の製品も理化学試験を行い、その他可能性がある製品はすぐに販売を中止してください。」
私は事務的に回答した。そして、海外の製造メーカーから取り寄せた成分表と、今回の理化学試験の分析結果を事務所に送ってもらうように依頼し、一旦電話を切った。
さて、ここで事件簿からは一旦離れ、読者の方に今回の事件のポイントをお伝えしたい。
まず、キーワードは「輸入化粧品」、「成分表」、「ホルムアルデヒド」、「理化学試験の結果」である。そして、「何故、意図しない成分が配合されてしまったか」に着目してほしい。事件簿に戻るとしよう。
私は、成分表と試験の分析結果を確認し、すぐにAに電話をした。Aは腑に落ちない様子で、次のように切り出した。
「何故、製造メーカーが作成した成分表に記載の無い成分が混入してしまったのでしょうか? メーカーが意図的に入れたのでしょうか?」
「答えは簡単です。誰も意図してホルムアルデヒドを入れるようなことはしていません。ホルムアルデヒドは意図しなくても入る可能性がある厄介な成分なんです」と私。
Aが電話の向こうで怪訝な表情をしているのが見えるようだ。
「今回、あらかじめ、日本で理化学試験を実施した上で、輸入を決定しましたか? それとも、成分表のみで輸入を判断されましたか?」
「実は、輸入決定時には理化学試験をしませんでした。メーカーからの成分表を信じて、輸入をしたんです。しかしながら、お客様からのクレームを受けて、精密な理化学試験を行ったところ、ホルムアルデヒドが検出されたんです。海外メーカーにも確認しましたが、入れた覚えはないし、今まで現地でクレームを受けたこともないとの回答でした。」
私はAの話を最後まで聞いて、次のように説明した。
「Aさんの問い合わせと同様のケースは多々あります。 輸入化粧品で成分表*2 に記載されていない成分が検出されるという問題です。これが輸入化粧品で起こる最も多いトラブルと言ってもいいですね。しかしながら、原材料自体に防腐剤や保存料として微量に混入されている成分に関しては、メーカーも気づかないまま使用されてしまうことがあるのが現状です。ことに、ホルムアルデヒドは化粧品原料に良く配合される防腐剤です。一つの化粧品原料に含まれている量が微少でも、複数の原料を混ぜていくうちに、その量が多くなり、製品化される際には、かなりの量が配合されているという事例も多々あるのです。
すべての輸入化粧品で"成分表にない成分が入っている"というリスクがあると言っていいでしょう。国内化粧品も同様です。
ですから、輸入業者は、成分表をうのみにせず、必ず輸入販売前に日本において理化学試験を実施することが欠かせないのです。
*2 日本で販売される化粧品は国内品、海外品に関係無く、すべて全成分表示が義務付けられている。海外製品の場合は、輸入業者が、海外メーカーから入手した成分データを基に、全成分表示ラベルを作る。消費者は、店頭で化粧品購入前にこのラベルをチェックすれば、本来、過去にトラブルが起きた成分が含まれていないかが分かるはず。しかし、今回のようなケースもあるので注意したい。
続けてAに次のように伝えた。
「ラベルに記載の無い成分が配合されていないかどうかということは、輸入業者が責任をもって確認しなければなりません。事故が起きてからではとり返しがつかないこともあるのです。全成分表にもトリックがあることを、輸入業者は認識しておくことが重要だと私は考えます。」
私は、引き続きAに、販売の停止など、必要な法的な措置をアドバイスし、今回のコンサルティングを終えた。
【今回の教訓】
輸入化粧品を買ったら、"万が一"のことがあるので、輸入前に理化学試験をしているか問い合わせるか、まず腕の内側に塗って最低1日様子を見る(パッチテスト)。また、刺激を感じるなどの違和感があったら、すぐに使用を停止して、メーカーに問い合わせる。
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